重松神社の紋は三つ巴紋ですが、瓦や社殿建築などに描かれている紋は、左右の両方があります。ただ、ご本殿に取り付け、あるいは彫刻されている紋は、「左三つ巴紋」ですので、こちらを正式な紋としています。
重松神社には、三つ巴紋以外にも、五三桐紋、十六菊紋があります。
郷地区の荒神さんである八坂神社の社紋は「左三つ巴紋」です。
赤崎地区の三種神社の社紋は「右三つ巴紋」です。
八幡宮である重松神社と日髙神社では、三つ巴紋が主に使われています。三つ巴紋には左右がありますが、両方とも使用されています。左右を気にしなかったか、多少混乱が起こったのかは不明です。
日髙神社の場合は、「左三つ巴紋」としています。
○弓を射るときに弦が左手の内側にあたらないように付ける防具を鞆(とも)といいます。この鞆を図案化した文様、あるいは鞆に描かれている文様を鞆絵(ともえ)といい、巴紋はここから作られたとする説があります。
○また、水のうず巻きや勾玉、雷、人間の魂、蛇がもとであるという説もあります。
○特に三つ巴紋は、武神である八幡神に使用され、八幡宮の神紋であることが多いようです。
○八幡宮のご祭神としてお祀りされている応神天皇は古事記では大鞆和気命(おおともわけのみこと)とも表記されていますが、この「鞆」も防具の鞆とされています。
○右巴か左巴かについては定説がないようですが、上図の紋は「左巴」とすることが多いようです。つまり右回り(時計回り)が左巴です。
※丸い部分を頭、尖っている部分を尾とした場合。
○二つ巴とよく似た太極(陰陽勾玉巴)がありますが、巴紋とは関係がないとされています。
日髙神社においては、次の社紋が使われており、三つ巴紋と同じくらい大切にされています。
○大山祇神社の紋。海の守護神である大山祇神の信仰をも大切にしていることを表しているようです。
さらに、日髙神社には「三盛亀甲に花角」という紋も使用されていますが、これは厳島神社の紋として有名です。日髙神社においては、神輿の一番台の屋根に使用されています。
大浦のある蒲刈島は、東側の大山祇神社と西側の厳島神社の間に位置していますので、両方の神社・信仰の影響を大きく受けているように思えます。
ちなみに神輿の二番台、三番台の紋は「左三つ巴」です。
日髙神社では、その他、次のような紋が使われています。一部を紹介します。
○幣拝殿瓦、神楽殿瓦、上境内大幟など
○本殿左内陣
○本殿右内陣
○本殿前左右蟇股など